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2008年04月 アーカイブ

2008年04月30日

ロマン主義

ちょっとかっこいいじゃないですか!

ロマン主義(ロマンしゅぎ、英語 romanticism, ドイツ語 Romantik)は、ヨーロッパの精神運動のひとつであり、ドイツに始まり、ドイツおいてもっとも力強く展開されたことからドイツ・ロマン派がもっとも有名であり、ロマン主義の代表とされる。ロマン主義は、古典主義の対概念としてとらえられるもので、主として18世紀末から19世紀にかけての運動であり、その影響はヨーロッパ全域に広まり、世紀末から20世紀の初めころの後期ロマン主義にまで及んだ。

ロマン主義の底流に流れているものは、内面性の重視、感情の尊重、想像性の開放といった特性であり、好まれる主題としては、「異国的なもの」「未知のもの」「隠れたもの」「はるかなるもの(特に、自分たちの文化の精神的な故郷、古代文化)」「神秘的なもの(言葉で語れないもの)」「夢と現実の混交」、更には、「憂鬱」「不安」「動揺」「苦悩」「自然愛」などを挙げることができる。

ローマ帝国時代に知識層にはラテン語が広まったが、庶民の間では俗語としてロマンス語が広まった。そのロマンス語で書かれた文学作品が、ロマンスと呼ばれるようになり、ギリシャ・ローマの古典文学の対立概念とされるようになった。ロマン主義(ロマンティシズム)の語源は、ここにある。したがってロマン主義の「ロマン」とは、「ローマ帝国の(支配階級、知識階級ではなく)庶民の文化に端を発する」という意味である。

文学
文学では、「ロマンチック」という言葉を現在、その言葉に含蓄されているような意味合いで初めて使ったといわれるルソー(『孤独な散歩者の夢想』)を嚆矢とし、多くの作家が挙げられる。ヘルダーやゲーテの作品、とくにシュトゥルム・ウント・ドラング期の作品はロマン主義文学理論の形成に大きな影響を与えたが、ゲーテ自身はロマン主義にむしろ批判的であった。

文学運動のロマン主義は北ドイツのイェーナを中心とした。イェーナにはヴァイマル公国の宰相でもあるゲーテの政策によって当時のドイツを代表する学者たちが教授として招かれていた。ドイツの初期ロマン派(ドイツ・ロマン派、イエナ・ロマン派)に属する文学者には中心的な文学雑誌『アテネーウム」を主宰したシュレーゲル兄弟、ティーク、ノヴァーリスなどがいる。またイェーナのサークルには加わらなかったものの、ヘルダーリンもイェーナでフィヒテの講義を聴講している。イェーナのサークルとはゲーテ、シラー、シュライエルマッハー、フィヒテ、シェリングがかかわりを持っている。イェーナの初期ロマン派グループ(イェナロマンティカー)は各人の転居や死などにより1800年には解消した。


ドイツロマン派の人物たちのちにベルリンのアルニムらによるサロンを中心とする小説家のグループが出来た。これによる詩人・文学者を一般に後期ロマン主義と呼び、グリム兄弟、シャミッソー、E.T.A.ホフマンなどがいる。

ロマン主義の文学理論家であったフリードリヒ・フォン・シュレーゲルの友人であったスタール夫人によりドイツのロマン主義はフランスに紹介された。フランスの文学運動に対してドイツ・ロマン主義は直接の影響をもたなかったが、しかしユーゴーなどはしばしばロマン主義の文学者であるといわれる。
(以上、ウィキペディアより引用)

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